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菅原道真公(天神様)をお祭りする「天神茶会」小堀 宗翔2017.02.23

皆さまご機嫌よろしゅうございます。

 

去る213日には恒例の護国寺の豆まき式に参加してきました。

今年は5年ぶりに俳優の里見浩太郎さんもいらっしゃって大変にぎわいだ豆まき式となりました。

 

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夜には宗家研修道場で家族で豆まきです。自分の歳の数だけ豆を頂いて、そのあと年の数だけ豆を拾って紙で包み、身体に一周通した後、翌日に「厄をおとす」意味を込めて誰にも見られないようにそっと捨てるのです。

思い切りまくのはいいことですが、翌日の道場の掃除は一苦労です。たまに、一週間後にひょっこり豆が顔を出す事もあり、、、その時はニコっと笑い話ですが、内弟子としてしっかり掃除が出来ていないという事にもつながってしまい、内心ヒヤっとしています。

 

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そして2月と言えば225日に学問の神様として知られ大宰府天満宮の菅原道真公(天神様)をお祭りする「天神茶会」という行事がございます。

昭和55年、かつて流祖・小堀遠州が所持していた菅原道真公の掛け軸が、小堀家に60年ぶりに戻ってきて、それを記念してお茶会を開いたことがきっかけです。

とても面白いお話ですが、朝一番にこの掛け軸のかかった床の間に和尚様が御経を上げます。

すると顔がぽっと赤くなるといわれているのです。

実際に私も毎年拝見していますが、本当に顔が赤らんでくるのです。

 

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「天神さま」という名前はみなさん身近に感じませんか?私は小さい時から梅干しを頂いた後、梅干しの種を割って、その中にある「てんじんさま」を頂いていました。本来の教えとしては、種の中には神様がいるから食べてはいけないということらしいですが、我が家では梅干しの種の中には神様がいるんだよ、と教わりながらも美味しく頂いていた記憶があります。この梅干しの種の中身は正式には「仁」と呼ぶそうです。

「天神様」 がいらっしゃる梅の種を粗末に扱えないと、江戸時代、太宰府天満宮に 「梅干の種納め所」 が設けられているほどです。

 

梅干し自体よりは酸っぱくなくて、柔らかい食感が何とも言えないのです。

 

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菅原道真公がが梅を好んでいた事から、彼の死後、信仰の対象になるにつれ梅の仁も「天神様」と呼ばれるようになったそうです。

菅原道真公は昔から梅を好んでいて道真公が住んでいた天神御所は別名「白梅御殿」、別邸は「紅梅御殿」と呼ばれていたことから、邸内には多くの梅が植えられていたようです。

道真公の詠まれた和歌の中で最も有名な和歌は、九州の大宰府へ左遷が決定し、「紅梅御殿」から出発しようとした時に、庭の白梅を見て詠まれたものです。

 

「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春をわするな」。

 

この梅の木は、道真公を追って九州の大宰府まで飛んでいったとされ、飛梅と呼ばれているのが「飛梅伝説」です。

 

この飛梅伝説を知っていると、梅の香りがするとなんとも切ない気持になるものです。

 

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